金融庁検査局が廃止!検査局が金融機関にもたらした功罪とは?

今回は、「金融庁検査局廃止」についてです。
検査局が日本の金融機関にもたらしたものとは何だったのでしょうね。

 

■あの「金融庁検査局」が廃止!

あの、ドラマ「半沢直樹」で銀行の敵役として出てきていた「金融監督庁検査局」。
その検査局が廃止になるようですよ。
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<金融庁、検査局を廃止へ 金融危機からの体制を転換>
(2017年8月22日付 朝日新聞)
『金融庁は来夏に大幅な組織再編を行う方針を固めた。金融機関の不良債権を厳しくチェックしてきた検査局を廃止し、監督局に統合する。1900年代の金融危機からの体制を改め、検査と処分重視から、金融機関の経営課題を把握し、対話を通じて解決する方向へ転換する。前身の金融監督庁が発足した1998年から約20年ぶりの抜本的な組織再編となる。』

一般の方には馴染みはないと思いますが、銀行員が「金融庁検査」と聞くと、おそらくほぼ全員、苦い思い出しかないと思います。

金融庁検査局は大手銀行を中心に順番に回って、融資先に問題がないかを検査しにやってきます。
私は、1990年から2000年にかけて某都市銀行に勤めていましたが、大きな支店の融資担当をしていた時に検査局の臨店検査を受けたことがあります。
検査が入りますともう通常業務はすべてストップです。検査期間中は、ほぼ銀行に泊まり込み状態で、検査官が要望する融資先の資料づくりと検査官に対する説明に追われます。

銀行にしてみれば、検査官から「これは不良債権だ」と認定されると、損失が増えてしまうわけで、取引先から融資を回収しないといけなくなります。
ですから、必死で「これは健全な融資です!」ということをいろいろな資料を用意して説明するのです。
しかし、検査官の指摘ときたら、もうそれはそれは厳しくて…。
「これが『重箱の隅をつつく』ということか」という思いをした記憶が鮮明にあります。思い出したくもない出来事のひとつですね。

 

■検査局の功罪とは?

金融庁が発足したのは1998年。その頃の日本経済はバブルの後遺症を引きづっていて、どの銀行も多額の不良債権に苦しんでいました。
また、当時の大蔵省銀行局と銀行の関係は、接待スキャンダルなどが明るみになるなど癒着が問題視されていたこともあり、省庁再編時に銀行行政が切り離されて「金融庁」が誕生しました。
中でも「検査局」はさらに、銀行を指導する監督部門から切り離されて、これまでのある意味「なあなあ」だった関係から厳しく銀行を取り締まる組織となったわけです。

検査局が厳しく銀行に対して不良債権処理を迫ったこともあってか、その後、日本の金融機関の不良債権処理は一気に進みました。
世界の金融機関が経営危機に陥った2008年のリーマンショックの時にも日本の金融機関は健全性を保つことが出来たのは日本の金融機関のリスク管理が高いレベルで行われていて経営体力が高まっていたお陰といわれています。

その一方で、長銀、日債銀が事実上倒産したり、りそな銀行が国有化されたり、10行以上あった都市銀行が3つのメガバンクに集約されていったりと、大きな痛みの時期も経験しました。

銀行の貸し出し姿勢は、かつての「リスクを取って産業を育成する」というものから「金融検査マニュアルの項目に沿った貸し出し以外はしない」というものになっていき、本来金融機関が持つべき金融仲介機能が損なわれたという指摘もあります。

まさにこの20年間は日本の金融機関の大手術が行われた時期だったと言えます。
その中で検査局の果たした役割は功罪ともに決して小さくはなかったと思います。

 

■金融庁は「処分庁」から「育成庁」へ

「検査局廃止」のニュースを聞いて、「ああ時代は変わったのだな」という感慨にふけった金融マンは多いのではないでしょうか。

これまで検査局が金融機関の貸し出しに厳しい目を光らせたお陰で不良債権はほぼ封じ込められて、金融システムこそ安定したものの、企業への貸し出しが伸びない上に低金利となった今、銀行の収益はまったく伸びなくなってきています。

企業の資金需要が旺盛で融資が拡大する時代には、不良債権が多くならないような検査は必要でしょうが、今は資金需要もなく、カネ余りの時代です。
メガバンクはリストラクチャリング(組織の再構築)されたので経営体力もあるし、グローバル金融へも対応できているのでまだいいのですが、特に問題なのは地方銀行です。
地方銀行は全国に64行ありますが、この数は20年前からほぼ変わっていません。集約もリストラクチャリングも進んでいないのです。

多くの地方都市は人口が減っています。企業も若者も都市部への流出が止まりません。それにともなって企業融資も住宅ローンも減っていっています。高齢者は預金を貯めこんだままで相続を迎え、預金は相続人のいる都市部の金融機関に移転していってしまいます。
そういった環境におかれている地方銀行が何の手も打たず、融資も伸ばすことなく今のままで経営していると、いずれは廃業とか倒産という局面を迎えることになりかねません。

そんな時に監督官庁である金融庁はどうすればいいのか?

そんな自問が金融庁にもあったのかもしれません。
『今まではブレーキとエアバッグだけ注視してきたが、今後はクルマ全体の性能を見ないと駄目だ』
金融庁の森長官は5月の国際金融協会の総会でこのように語ったそうです。
「ブレーキとエアバッグ」とはまさにこれまでの検査・監督体制をさしています。しかしこのままではダメで「銀行は加速スピードや馬力も大事」ということなのだと思います。

『これからは金融機関の健全性のチェックから、経営課題を解決していく方向へ軸足を移す。』
金融庁は「処分庁」から「育成庁」に変わろうとしているのです。

 

■かわりに出来るのは「フィンテック」対応部署

検査局が廃止されるのに対して、新たに設置されるのが「企画市場部」。企画市場部の担当はずばり「フィンテック」。新金融サービス「フィンテック」への制度的対応や市場関連の行政機能の強化です。

時代は変わったのですよ。
金融の世界も、マンパワーからITへ。そして間接金融から直接金融へと変わっていくのでしょう。
直接金融が台頭してきたときに国民資産を守るためには透明性と市場の監視が必要でそのための環境整備をするのが新設される企画市場部の役割です。

人口減少や超低金利、フィンテックの登場など金融を取り巻く環境は激変しています。
金融庁は金融機関や市場との対話を重視して、企業や個人への金融機能を円滑にして、日本経済において金融事業を成長市場にしたいと考えているのだと推察します。

検査局を廃止して監督局と一緒にする今回の動きを、「昔の大蔵省銀行局時代への逆戻りじゃないのか?」と批判する向きもあります。
しかし、かつて融資をやっていた立場から言うと、貸出が伸びないのは決して検査局が厳しいからだけではありません。そもそも融資審査は行内だけでも何重にもチェック体制があり、かなりシビアには見ています。

貸し出しが伸びないのは、今は本当に貸し出すべき先がないのだと思います。地域の預金を預かって地域の企業に貸し出すという地道な金融仲介だけをやっていても、地域経済自体が地盤沈下を起こしている以上、銀行はビジネスモデルを変えない限り地域とともに沈んでいくしかなくなります。

時代が変わったのです。こういう時は大きく逆サイドに振ってみるのもいいのではないでしょうか。

「縮こまっているだけではダメで、危機感を持って、産業育成のために資金という経済の血液を回すという金融機関本来のすがたに立ち返るとともに、ITにも対応しつつ、地域経済のことを考えようじゃないか。」

検査局廃止のニュースは、こんなメッセージなのかなと思います。

今回は以上です。
次回もお楽しみに。

2017年9月5日 火曜日 19:48 投稿者:HyAS&Co.川瀬太志
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