モラトリアム法 施行から10年、実質的にその役割を終える

今回は、金融円滑化法、通称「モラトリアム法」がもたらした功罪について、です。

 

■「モラトリアム法」施行から10年、実質的にその役割を終える

日本はこの10年ほどの間に、2008年のリーマン・ショックや2011年の東日本大震災といった非常事態が続きました。これらの非常事態に対応して経済が混乱しないように円滑な金融措置を取ることは必要なことではあります。

そのひとつが「金融円滑化法」。通称「モラトリアム法」ですね。
リーマン・ショックに伴う経済的な混乱に対応するために2009年12月に施行されました。
事業運転資金や設備資金などを融資している金融機関に対して、「返済困窮者からの返済の猶予や返済期間の延長、金利の減免などの条件緩和要望には誠実に対応すること」とした法律です。旧民主党政権時代に金融担当大臣を務めていた亀井静香氏がゴリ押しで進め、当時野党だった自民党などの反対を押し切って、最後は強行採決で通した法案です。

その「モラトリアム法」が施行から10年を経て、実質的にその役割を終えます。
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<モラトリアム法「遺産」に幕  施行10年 融資条件の報告とりやめ>
(2019年3月13日付 日本経済新聞)
『リーマン・ショック後に、中小企業救済のためにつくられた中小企業金融円滑化法(通称モラトリアム法)の「遺産」が姿を消す。法自体の期限はすでに切れているが「遺産」は、その後も金融機関の融資姿勢に影響を与え続けてきた。法施行から10年目の今年、ついにその幕を閉じる。』

もともとは「100年に一度の大恐慌」と呼ばれたリーマン・ショックの連鎖倒産を防ぐための法案でした。
非常事態に対応するものでしたので、当初は2009年11月から2011年3月まで1年半の時限立法でした。それが2回延長されて、失効したのは2013年3月末。それが2019年まで「影響を与え続けてきた」、というのはどういうことなのでしょうか?

 

■条件緩和実行率は95%

「モラトリアム法」は法律としては、金融機関に「誠実対応」を求めただけの法律なのですが、実際にはすべての金融機関がほとんどの返済猶予や金利減免などの条件緩和要望に対応しました。金融庁の発表によると、条件緩和要望に対して「拒絶」は全体のわずか5%前後、この10年を通じて要望に対する条件緩和実行率は法施行時からこれまでずっと95%前後で推移してきました。

単なる「誠実対応義務」に過ぎないのに、なぜ金融機関はほとんどの要望に応じたのでしょうか。
それは金融庁が金融機関に「モラトリアム法」の実施状況の報告を求めたからです。
2013年に法が失効した後も、金融庁は金融機関に対して、『法が失効した後も引き続き金融の円滑化に努め中小企業の資金繰りに万全を期すこと』という趣旨の通達を出し、引き続き報告を求めました。

その報告は「任意」でありましたが、さすがに金融庁に目を付けられたくはないでしょうから、今に至るまでほとんどの金融機関は報告を続けてきました。

それが、10年の月日を経て、ようやく終わる、ということです。

 

■モラトリアム法の功と罪とは?

10年たった今、この法律とともに金融環境に起きた変化の功罪について振り返っておくことは、今とこれからの金融システムを考える上で大事なことだと思います。

この「モラトリアム法」の恩恵を受けた企業は少なくないでしょう。危機を乗り越えて経営再建を果たした会社も何社もあると思います。そういう意味では一定の成果はあったと評価する向きもあります。

問題点もいくつか指摘されています。
まずひとつめの問題点は、本来淘汰されるべき企業を延命させただけなのではないか、という指摘です。産業界が健全に活性化するには適度な新陳代謝が必要です。社会のニーズに対応できなくなった企業(オールドプレーヤー)は市場から退出し、新たなサービスの担い手(ニュープレーヤー)が市場に参入する。こうした新陳代謝を通じて企業とそこで働く人たちの生産性が高まっていくのが健全な状態です。

しかし、本来退出すべきオールドプレーヤーが金融の条件緩和を受けて延命していると、そのオールドプレーヤーの存在が、同じ市場にいる健全なニュープレーヤーの勢いを削いだり、経営体力を奪ったりすることもあります。延命企業が受注のためにダンピングをしたりすると、健全な企業までが価格競争に巻き込まれて適正な利益が得られなくなります。そうなると本来なら従業員に払うことのできた賃金を減らさざるを得なくなります。結果、優秀な人材が集まらない業界になってしまいます。このように、往々にして、モノゴトは生産性の低い方に引っ張られます。引いては業界全体が地盤沈下を起こすことになります。

もうひとつは、銀行が本体の機能を喪失したのではないか、という指摘です。
同法には、10年以内に経営改善が実現するような計画を作れば返済条件を変えても不良債権として扱わなくてよい、というルールがありました。不良債権に分類しなくていいのなら、引当金を積む必要もないので銀行にとっては好都合です。
こうして、経済はとっくに回復していたのにも関わらず、長きにわたって銀行はリスクの高い企業の返済を猶予したり、金利を減免したりということを続けました。

これは、構造転換が必要だった銀行の体質改善にブレーキを掛けたのではないかと思います。
銀行の機能の肝である審査能力や企業再生能力は確実に低下したでしょうし、信用力の低い企業からは相応のリスクに応じた金利を取る、という金融機関として当たり前の常識が崩れました。

当初、この金融円滑化法は「金融のモラルをゆがめる」として特に既存金融機関からの反対が多くありました。今、特に一部地銀など経営体力が弱い中堅以下の金融機関が苦境に立たされています。この10年間の金融機関としての機能不全が今の苦境をもたらしたのではないか、とも思います。

 

■亀井元金融相はこの現状をどう見ているか?

ここ数年、すっかり景気は回復し、企業倒産件数は過去にない低水準にあります。
今こそ、各業界で企業の新陳代謝を促して、産業構造の転換を推進すべきタイミングでした。小売りや下請建設業など構造不況業種は、生産性が低いままなので、今、人手不足で困っています。日本は低生産性の産業から高生産性の産業への経営資源のシフトが急務なのに、低生産性企業が各業界で今も残っている状態です。

この現状を、モラトリアム法を推進した亀井静香元金融大臣はどう見ているのでしょう。
ご本人のインタビューが最近掲載されていました。
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<モラトリアム法10年目 亀井元金融相「銀行の低収益、自業自得」 >
(2019年2月27日付 日本経済新聞)
――銀行業界は収益力が落ち込んでいます。
『債券ばっか買ってたからこうなってんだ。信用金庫も含め、中小を育てて腰の強い企業にしなかったからさ、困っているんだ。これは自業自得だよ。コンサルタントの役割を果たしてこなかったんだから、貸付先がなくなったんだよ』

――廃業したり再生できなかったりした企業もあります。
『当たり前だよ。返済猶予はあくまで血液を抜かないという話だよ。体自体の再生機能まで持っていない。本体(会社)の再生機能が無くなればいくら輸血したってダメだ。中小の生き残る道はやっぱし技術力、人間力、そういうの含めてね、光るタマじゃないとダメだろうな。中小だからって国が保護なんかできっこないよ。生活保護の世界になっちゃう。』

亀井元大臣がおっしゃっていることは間違ってはいません。ただ、金融機関関係者や当時法案に反対していた人たちはこの話をどう聞いたでしょうか。

「モラトリアム法」は、銀行と企業の間にあったモラルとか倫理とかを崩したのかもしれませんね。

今回は以上です。次回もお楽しみに。

2019年3月19日 火曜日 13:19 投稿者:HyAS&Co.川瀬太志
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