住宅不動産業界 トップインタビュー〜住宅不動産業における優れた経営品質を追う〜

変革の時代を迎える住宅不動産産業界において、自社の持続的な成長を実現しながら地域社会に貢献する企業となるために、経営者はどのように考えどのような活動方針を持って経営に取り組むべきか。

住宅・不動産業界 ブランド戦略

勝ち残る地域工務店。それは、最終的に生き残った工務店。 岩手県・千田工務店

将来の勝ち組、生き残る工務店とは?と聞かれた際に、それは一時的な棟数や売上げで判断するのではなく、「経営した年月の分だけ力に変えられる工務店」と語る千田社長。勝ち組工務店の顧客構造を「木」に例えているという千田社長は「木の根っこの部分」がOB顧客で「木の枝葉部分」が新規のお客様だという。木の習性として、栄養が足りず根っこの部分が育たなければ枝葉は大きく育ちません。多くの工務店はOB顧客(木の根っこ)にはお金をかけないのに対し、当社ではOB顧客にお金をかけることにより時間をかけて“口コミ”による将来の建て替え需要を育てているとのこと。そうした、地域で勝ち残るための考え方と、そのための実践についてお話を伺いました。

千田 忍株式会社千田工務店
代表取締役 千田 忍 様

「建て替え=OB顧客の再顧客化」ではない
建て替え需要を獲得する時は「地域を顧客化」すること

現在当社では、年間受注の約7割が建て替え層となっています。建て替えはいつの時代も一定の需要がありますからね、この先の新築市場縮小の予測があってもあまり影響は受けないと考えています。しかし、もともと当社は建て替え顧客が多くいた訳ではありません。37年の創業時はゼロだったと聞いていましたし、11年前に私が会社に入社した時も建て替え顧客は多くても3割程度しかいませんでした。
ちょっと恥ずかしい話ですが、私が入社したころ地元で「クレームの千田工務店」って同業者に呼ばれていました。安かろう悪かろうのクレームの会社って有名だったそうです。そんな悪評も気にせず、年間30棟程度の新築をこなしていたある意味すごい会社です。当時は営業だった自分の耳にも自然と悪評が入ってくるようになって、凄く悔しい思いをしました。それで、なんとかしてやろうって気持ちになってアフターの仕組み化や、クレームにならない為の会社全体の仕掛けづくりに取組みました。それもほんの10年前の話。ですので、10年以上前のお客様は当社の事をあまり良く思っていないんです。現在の7割にもなる建て替え顧客は、殆どここ10年以内のOB顧客からの口コミなんです。10年もかかってようやく「会社が地域に認められてきた」と思えるようになりました。

少し話は変わりますが、4年前から2年くらい見学会の折り込みチラシを止めました。当時はホームページからの問合せだけで40件以上あったので、無駄な経費を抑えようと思いまして。しかし、1年半くらい折り込みチラシを止めたあたりから徐々に問合せが減少し「何かおかしい、ちょっと待ってよ」と思って、慌てて見学会の折り込みチラシを再開しました。そうした所、見学会にご来場頂いたお客様に「千田工務店は店を締めたかと思っていた」と笑いながら言われました。当たり前かも知れませんが、ホームページというのは検索されてこそ接点が持てるけど、折り込みチラシは検索しなくても届く、言わばこちらからのラブレターみたいなものなのです。見学会ごとにラブレターを出し続けることで相手から想われる。つまり、集客があるないに関わらず出し続けていかないと会社の存在が地域に根付かない。当日見学会に来ない人にも、建築時期が5年後か10年後か分からない人にも折り込みチラシをラブレターとして届けることが大事だと改めて思いました。「地域をお客様にする」為に千田工務店っていう小さな会社が、地元でこんなに元気に頑張っているって事を伝え続けないとならない、楽しちゃいけないなって痛感しました。

「地域を顧客化」する鍵は「リノベーション」

先ほど、建て替え顧客が7割って言いましたけど、他社で建てられた家も千田工務店で建て替えたいんです、と自然に言っていただける流れになるのは「地元の工務店」っていうカテゴリーがまだまだ活きているからだと思います。いつの時代も親御さん達は息子、娘の家づくりに対して「何かあったときの為にも、地元の工務店に頼みなさい」という話はよく聞きます。また、家づくりの際に親や祖父母の介入が避けられないお客様を相手に対する術は様々あると思いますが、答えの1つとして「大規模リノベーション」があげられます。例えば、祖父母が建てた家の建て替えの際に「俺らの目の黒いうちは絶対にそんなこと許さない」というフレーズ。住宅ローンの金利も安く、補助金も見込める今のタイミングを逃したくない若夫婦の希望も叶えつつ、祖父母も納得する間をとった工事こそが「大規模リノベーション」なのです。
極端に言うと、リフォームやリノベーションもできない会社に誰も我が家の将来を任せたいとは思わないはずなんです。うちは将来に渡ってこういうお世話も出来ますよって事を、示す意味でもリノベーションが得意である事はかなり有効に働きます。
お客様の立場で考えれば、住宅の事を全く知らないという方がまず足を運ばせるのがハウスメーカーの展示場となります。展示場は新築専門なので、そんなに値段的にも変わらないので「思い切って建て替えにしましょう」と言われます。しかし、祖父母がまだ建て替えを許してくれないので、次にリフォーム会社に相談に行くと、今度は「修繕リフォームで十分だ」と言われます。色々考えて、若い世帯だけ別の土地に小さな家を建てたら良いかな?という事で不動産屋さんに行くと、他社の物件には目もくれず自社物件を強引に進められて…。ようやく土地が決まったと思ったら、今度は建築業者を選定しないとならない状況…、いったい自分たちにとって何がベストで何がしっくり来るのか分からなくなり、もう面倒くさい!と思ってしまう。だから、駆け込み寺のような立ち位置の工務店が最終的には希望の光を与える存在になれるんです。

顧客、地域から選ばれる会社になるとは

私から言わせれば、建築工事なんて元々手間がかかり面倒くさいものなので、そこにやり甲斐や面白さを見出せないのであれば、家づくりなんて仕事自体やめた方が幸せだと思います。例えば、建て替え工事において余っている木材などの材料を使って離れの物置を仮住まいにして欲しいとか言うお客様がいたとします。そんな話を真面目に聞き実現してあげることで、地域から選ばれ、地域から必要とされる工務店が、この先どんな時代になっても生き残れるのかなと考えています。
大げさな話かも知れませんが「会社は誰のものか?」と考えた場合、当社というか私は、会社はお客様がつくり上げたものだと思っています。昔の農協みたいな考えです、お客様個人ではできない事、実現したい事をきちんと聞いてくれて、思っていた以上に具現化してくれる会社があったらまず相談しますよね。その役割に極力近づけていかないと地域で必要とされず、我々の会社は一品物ではなくその他大勢の部類になってしまいます。私たち工務店の仕事は地域に活かされて初めて存在する訳ですから。

お客様の依頼を受ける際に、注意しなければいけないことがあります。例えば「古くなった玄関を交換したい」というお客様に「寒冷地仕様のこの玄関じゃないと寒いですよ」といくら説明したところで、お客様の思いは「そんな大層なものじゃなく、鍵が掛かって安価な方が良い」と言われることは多々あります。このお客様に「今どき、そういう工事は出来ません」という工務店は地域から選ばれるはずありません。また、住宅性能を売りにしている工務店が、断熱材が入っていない住宅をお客様に勧めませんよね。しかし、お客様は何を求め、何を大切にしているのかを理解してあげると、断熱材が入っていない住宅を必ずしも悪い物件とは言い切れないのです。我々は、断熱材を売ることが仕事ではありません。お客様は、断熱材が入っていなくても別に良いんです。ただ、冬でも暖かい家が欲しいと思っているだけです。その顧客心理が分からないと地域で生き残ることなんか出来ません。最近は、各省庁による講習会や勉強会が多いせいかわかりませんが、ちょっと自信を持つとお客様よりも優位な立場だと思い込んでしまい、自分なりの考えをせずにゼロか100の提案しか出来ない人が多く見られます。お客様の要望に真剣に向き合い、お客様の思っている事を具現化する為にはどうすればよいかを顧客目線で考えられる工務店が今後は選ばれる時代になると思います。

顧客、地域から選ばれる会社になるために

経営者は、販促費に100万円を使おうとすると「それで何人アンケートが取れて何人契約できる」と考えますよね。経営コンサルタントの方々も同様です。しかし、私はそういう考えをしたことがありません。ですので、100万円も使ってやっと1人の人と契約するような事は無駄なことだとすら思っています。同じ100万円を使うのであれば、OB施主との接点を持つことに使用すれば100%そのお金は活かせるわけです。そんな事をどんどんやっていく方が間違いなく紹介や口コミが増えると思います。
7割のお客様が「建て替え層」のお客様になってきている当社ですら、将来の需要を途絶えさせない為にOB施主様へ積み立ては欠かす事がありません。現在の客層になるまでに10年の歳月を費やしました、口コミ戦略にはお金と時間がかかるのです。

時間がかかるのは、お客様との関係だけでなく社員の育成も同様です。1人の社員が1人前になるのにだいたい3年~5年はかかります。現在、創業時からのお客様とのパイプ役を担っている社員が65歳になり、新しい時代へとバトンタッチしていかないとならない時期に差し掛かっております。そのため、昨年から今年にかけて3名の20代の新入社員を採用したので現在の社員数は14名とちょっと多いんです。本来ならもう何年か先でも良かったのですが、将来に向けての先行投資と言っても良いかと思います。例えば、パナソニックの創業者である松下幸之助に直接会ったことがある社員と、全く会ったことのない社員がいたとします。たとえ本人と話をした事がないとしても、その時に一緒に働いていた社員は創業者の立ち振る舞いや社内の空気感をなんとなく覚えていて現在も共有できているのです。その温度差は、後で何とかできるものではなく想像以上に大きいと考えているので、まだ創業者である千田孝道が健在の間に少しでも社内の空気感を感じて欲しいと思っての将来への投資であります。また私の哲学として、社員は社内だけでは期待以上には育たず「外部交流」をする事で刺激を受けて世間との結びつきを感じ、初めて期待以上に成長すると考えています。直近3年間の平均で外部交流の機会は、130日/年でした。人の能力に大差はなく、会社が社員の成長に時間とお金をかけて育てることで「人財」へと成長すると信じています。小さな工務店が地域で選ばれる会社になるためには、社員の育成が重要です。優秀な社員を募集しようと多くの費用をかけるよりも、今の社員を成長させられるかどうかが会社の明暗を分ける事になるのです。

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